トリル・ダイナスティは茨城出身の会社員!楽譜読めない音楽プロヂューサー!

トリル・ダイナスティさん 茨城出身 音楽プロデューサー会社員で 楽譜読めない

トリル・ダイナスティさんは
茨城県を拠点に活動している

音楽プロデューサーです。

日本人で初めて

全米ビルボードチャート1位の楽曲を

プロデュースしたとして話題となっています。

トリル・ダイナスティさんは、
音楽プロデューサーとして活動しているが
会社員らしいです。

なんと トリル・ダイナスティさんは 、
音楽プロデューサーなのに
楽譜が読めないらしいです。

作曲はどうするのでしょうか?

どうやって音楽プロデュースをしているのか気になります。

トリル・ダイナスティさんのプロフィールから今までの経歴、将来の目標に至るまでを

すべてを紹介していきます。

どうぞご覧下さい!

目次

トリル・ダイナスティのプロフィール

トリル・ダイナスティさんのプロフィール

生年月日:1992年生まれ(2021年、29歳)
出身  :茨城県北茨城市
本名  :不明(イシイ ダイキさんが本名ではないかと推測されています)
トリル・ダイナスティの名前の由来:
     確定的な情報がない

トリル・ダイナスティの日本人初の快挙

トリル・ダイナスティさんがプロデューサーと参加し、
ビルボードを制覇した曲は、

アメリカ人ラッパー、
リル・ダークさんのアルバム

『ザ・ボイス(The Voice)』表題曲である『ザ・ボイス(The Voice)』です。

  • 2020年12月にリリース
  • 翌2021年1月に全米ビルボードチャートのR&B/HIP HOP部門で1位を記録

リル・ダークさんのアルバム「The Voice」は、全米で約50万枚を売り上げています。

過去の日本人のビルボードチャート首位者は以下の人がいます。

  • 坂本 九さん  :「上を向いて歩こう(SUKIYAKI SONG)」で1位になりました 
  • 喜多郎さん :シンセサイザー奏者
  • 松居慶子さん:ジャズピアニスト

しかし、ヒップホップの本場、アメリカで
ビルボードR&B/HIP HOPアルバムチャート首位の作品を

プロデューサーとして手掛けたのは
日本人初の快挙です。

トリル・ダイナスティさんは
日本人プロデューサーとして、
ゴールドディスクも手にしました

トリル・ダイナスティさんのこの快挙は
音楽プロデューサーを目指してから

わずか3年での快挙です。

トリル・ダイナスティはバリバリの会社員

トリル・ダイナスティさんは普段
茨城県の鉄道車両の部品メーカーで働く会社員です。

役職は、工場の生産管理の主任

バリバリの会社員ですね。

平日は週5日は会社員として働いています

仕事終わりに、作曲を行っているそうです。
時に明け方まで作業をしています。

土日はほとんどの時間を音楽に注ぎ込むそうです。

パソコンと作業用のピアノ、音楽ソフトを使い、ビートやメロディーを打ち込んで
曲を作るそうです。

トリル・ダイナスティさんは
家賃5万円のアパートに住んでいます。

庶民的な暮らしぶりですね。
the・会社員という感じです。

《最新情報》
2021年7月末をもって
トリルさんは6年間勤めた会社を退職したそうです。

今後は音楽活動に専念していくようです。

トリル・ダイナスティは楽譜が読めない

トリル・ダイナスティさん
ピアノも弾けず楽譜も読めないそうです。

ピアノの鍵盤には
ドレミファソラシドのシールを貼っています

楽譜を見てピアノを弾くというのは一切できないそうです。

そんなトリル・ダイナスティさんの
現在の愛読書は、
「初心者のためのピアノ・コード講座」だと紹介されています。

ピアノを弾けない、楽譜も読めない

トリル・ダイナスティさんはどのように作曲をしているのでしょうか?

色々触ってみていい感じだなと感じたメロディ同士をつなぐという、感覚での作曲方法をされている
ということでした。

トリル・ダイナスティさんは
考えて作るのではなく、
感覚的、感性に従って曲を作っているんですね。

音楽の常識を知らずに作る トリルダイナスティさん独自の曲が、

逆に「聞いたことがない」とプロをうならせたそうです。

トリル・ダイナスティが目指す音楽の世界観

トリル・ダイナスティさんが得意とするのは

ピアノの音色が特徴的な、哀愁漂う曲です。

トリル・ダイナスティさんの特徴的なサウンドが形成された理由は、

トリル・ダイナスティさんが
憧れていたのは、鍵盤が弾けるプロデューサで、

ブルージーな匂いが漂ってくる世界にすごく惹かれた

からだそうです。

自らが憧れている世界感を表現でき、
憧れのプロデューサー像に近づけていることはとてもすごいです!

トリル・ダイナスティさんの才能だけでなく
努力もきっとあったことでしょう。

トリル・ダイナスティの音楽プロデューサーへの道

トリル・ダイナスティさんは、
21歳のころ音楽プロデューサーを目指しだしたそうです。

そのスタートはドレミの音階もわからないところからでした。

21歳は一般的に考えたら遅いスタートですね。

その道のりは努力と根気が必要なものだったようです。

DJとしてプロデューサーを目指す

トリル・ダイナスティさん学生時代野球一筋の生活を送っていたそうです。

スポーツ特待生として県内の大学に進学するほどの実力の持ち主だったようです。

しかし、肩を故障して大学を中退

そんな時、アルバイト先の先輩から
DJミキサーとターンテーブルをもらったそうです。

これをきっかけにDJを始めました。

都内を中心に各地のクラブでDJとして活動したそうです。

クラブDJは「みんなが盛り上がる曲」をかけるパフォーマンスを求めらる。
自己表現の幅が限られてしまう。

トリル・ダイナスティさんは次第にストレスを感じるようになりました。

トリル・ダイナスティさんは
音楽を通じてより自分の個性を出していきたいと考えるようになっていました。

ある時、友人が「ラップをしたいけど曲が作れない」と話したのをきっかけに、

数万円のパソコンとキーボードを購入し、
2018年から曲の制作を始めました



音楽を専門的に学んだことはない。
楽譜も読めない。


それでも、あまりの面白さに作曲にのめり込んでいったそうです。

初めは、DJとして毎月新曲を作っていたようです。


しかし、それに飽きてGucci Maneなどのアーティストに絞ったMIXを作るようになりました。

次第に、プロデューサーだけでやって行きたいとシフトしていったそうです。

音楽プロデューサーはDJと違い、
楽曲で自分の感性や思いを表現できるのが大きな魅力だったそうです。

野球一筋の人生から一変して、音楽プロデューサーを目指す、異色の経歴ですね。

その上、楽譜も読めない。
専門知識もない。

楽譜が読めないのに作曲し、音楽にのめり込んでいった。

それほど、 トリル・ダイナスティさん にとって音楽は魅力的なようですね。

本場アメリカでの活躍を目指す

トリル・ダイナスティさん は
音楽プロデューサーを目指した初から

ヒップホップの本場、アメリカで活躍することを考えていたそうです。

その理由は、

音楽を始めるのが遅かったぶん、
早く有名になりたかったからのようです。

トリスさんはすべてにおいて人より始めるのが遅いタイプ。

そこに劣等感を覚えていたそうです。



だから、日本でコツコツやるよりも、
海外で一発当てて早く有名になることを目指したようです。

1日20通のダイレクトメッセージ

トリル・ダイナスティさんは、
毎日のように自分の曲を完成させ、

憧れのアメリカ人音楽プロデューサーたちに
インスタグラムでダイレクトメッセージ送り続けました

ちなみに、トリルダイナスティさんは英語もわかりませんでした。

Googleの翻訳機を使って日本語を英語に翻訳したもの使い、

自分を売り込むメッセージを送ったそうです。

その頃の日課はなんと1日20通のDMを送ること。

売り込むことなんと
1年半

英語もわからないのに
1日20通ものDMを送り続けるその根気と努力がすごいです。

自身を根気よく売り込み続けただ結果、

トリル・ダイナスティさんの曲の独創性が海外で目に留まり、認められたそうです。

音楽に携わってきたアメリカのプロデューサーは、
逆に聞いたことがなくて新しい!と興味を持ったようです。

文章を受け取った1人である、
音楽プロデューサーの
デイアッパー・ゴートさんは

トリル・ダイナスティさんの鍵盤さばきの独特の雰囲気が関心を引きました

とコメントしています。

トリル・ダイナスティさんの音楽の専門性にとらわれない

感覚と感性を元にした作曲スタイルが評価されたんですね。

トリル・ダイナスティさらなる高みを目指す

トリル・ダイナスティさんは、

ビルボードは通過点でしかない。
ビルボードは夢じゃなくて目標だった。
夢はグラミーです。

さらなる高みを目指すと語っています。

トリル・ダイナスティさんは受賞時の喜びを

「何が現実で何が夢か分からなくなった。
自信にはつながった
と振り返っています。



一方で、
本当は(楽曲制作を始めて)1年で取りたかった。やっと一枚という感覚」

とも語っています。

当初から目標が大きかったようですね。

トリル・ダイナスティさんは努力家で根気強いので

きっとさらなる夢も叶えてしまうことでしょう。

また、
音楽人生の最終目標は、音楽を通して、愛する地元・茨木を活性化させたい
と語っています。

地元愛がすごいですね。

地元・茨木が トリル・ダイナスティさんの音楽の力で

活気づいていく日が楽しみです。

トリル・ダイナスティまとめ

トリル・ダイナスティさんの音楽プロデューサーへの道のり、
経歴、努力の証はいかがでしたでしょうか?

ピアノも弾けない、楽譜も読めない
音楽の知識が何もない段階からスタート

音楽の世界に魅了された トリル・ダイナスティさん 。

会社員をしながら毎日コツコツ作曲と売り込みを続け

ビルボードR&B/HIP HOPアルバムチャート首位の作品を手掛ける
音楽プロデューサー
に成長しました。

この快挙の裏には、たくさんの努力と根気が隠されていると思います。

トリル・ダイナスティさんがこれからも夢を追い続け

世界で活躍していくことを応援しています。

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